ブックカバーチャレンジ五日目は『上田フサのおそうざい手ほどき』です。
昭和56年5月、女子栄養大学出版部より初版が発行されました。
女子栄養大学名誉教授であられた上田先生の料理本です。
冒頭で学長の香川綾先生が「料理とは、作る人の人情がにじみ出てくるものです。この本には上田先生の独自の料理が出ています。・・・・・」と書かれています。
本当にそういう本です。
食材の扱いから、季節料理、生活に根付いたお料理の数々、食文化のすべてをまんべんなく独自の視点でとらえ、紹介されています。
いわゆる「作り方」ではなく「てほどき」と書いてあるのも素敵です。毎日のおそうざいはもちろん、季節の献立、おせち料理など豪華なものを紹介されています。
そんな中、当時、私は一番楽しく拝見したのは季節メニューのページ。
「せみの声 聴きながらの、昼食に」、「ひと風呂 浴びたあとの ビールに寄せて」など、タイトルもユニークだし、お料理も美味しそう!すっかり魅せられました。
上田フサ先生に初めてお会いしたのは23歳くらいの時だと記憶しています。
先生は明治43年、朝鮮京城(現在のソウル)生まれで朝鮮語も堪能でした。料理家として未熟な私に「朝鮮のお正月料理」で講習会をしてちょうだい」と声をかけてくださいました。
女子栄養大学の調理室で「トックッ(お雑煮)」をはじめ数品の料理をご紹介させていただきました。傍らで父が見守る中、緊張しながらデモンストレーションをすすめたことを思い出します。
「朝鮮のお料理はね、野菜が多くて、健康によいの。辛くないものもたくさんありますね。」と優しくお話しくださいました。当時、焼肉とキムチ以外の料理はあまり知られていなかったので嬉しかった。そして、何より、朝鮮という言葉を普通に真正面から発してくださることに心が和みました。
私は長い間、「朝鮮料理家」と名乗っていました。
”朝鮮半島の食、朝鮮半島の料理をする者”という気持ちから、そうしていました。父の教えでした。
どんなことも20年は続けることだ。そのうち、わざわざアピールしなくてすむ時代がくるから、それまではしっかり自分の姿勢を通しなさいと。
あれから40数年、時代は変わりました。
焼肉が韓国朝鮮料理だと意識しない人がほとんど。キムチにいたっては健康的な発酵食品として親しまれ、スーパーでもコンビニでも買えるようになりました。
サムゲタン、チャプチェ、チヂミなど多彩なメニューも認知度が高くなりました。
朝鮮半島各地の料理を味わうことはできませんが、美味しい韓国料理が多くのみなさまに愛されていることを幸せに思います。
偏見や差別なく、私を迎え入れ、指導してくださった上田フサ先生。
多くの後輩から慕われ、晩年、療養されていた時も時々、お手紙や電話をいただきました。
最後の電話は私が留守で、小学生だったヘリョンが受けました。
「オンマ、上田さんていうお婆さんがね、オンマの話をして、いきなり朝鮮の歌を歌ったの。ずっと楽しそうに歌ってくれたよ。」と。
生まれ育った京城のことを思い出していらしたのでしょう。
『おそうざいの手ほどき』、上田先生から受けたかったです。
先生の魂は今でも教え子たち、そしてこの本に生き続けていると思います。